◆ホタルの頃

 “美しい五月”という言葉がある。新緑から青葉へと樹々の芽が季節の賛歌を伝えてくれる。そして夜が盆地を包む頃になると、七尾山や鴻ノ峯から青葉木莬(あおばづく)の声が聞えるようになり、細くまた太くホーホーと啼く声は夜更けの町並にもよく通る。
 青葉木莬が来ると山口はホタルの夜を迎える。講談社版「日本の天然記念物」には「山口市の椹野川一帯は江戸時代から旧暦の4月末(新暦5月末)にホタルの縁日を決め、籠に飼っていたホタルを放つ風習があり、市内の湯田温泉と共に山口ゲンジボタルは古くから知られている。そのホタルを保護するため国は1935年(昭和10)に天然記念物に指定した」と記述する。
 宵闇を飛び交うホタルの神秘性には数々の伝説があり、山口のゲンジボタルも京都宇治川の戦いにある源三位頼政に由来する宇治川のホタルを大内氏が山口へ持ち帰ったものという伝説もある。
 想う、明治のころの菜香亭では宴が果て、燭台の灯りが消された夏座敷に、庭から迷い込むホタルの光りが点滅したことであろうと。

  蛍や明治の夜の更けるまで